月夜見
 〜月夜に躍る]]W

   “バラティエは本日休業”



港町のいつもの潮風にも、何とはなく春めきのぬるさが感じられ、
それより何より、
ここへと集まり世界中へ散ってゆく荷を見ておれば、
そこもまた速さが取り柄な航空便とは違った風景、
一足も二足も速い次の季節への何やかやが入っていること知らしむる、
荷札や送り状の数々を眺めるだけでも、
ああもう春なんだねぇという感慨に浸れる流通の町…なのではあるが。

 「そうは言っても、生ものだけは、
  何カ月もかかる航路で運ぶには限界もあるからなぁ。」
 「そうそう。」

いくら冷凍技術が発達したとはいえ、
活きのよさが決め手っていう、旬の鮮魚だの果実だのともなると、
ウチでも航空便で取り寄せてるほどだしな…と。
一丁前な言いようをしつつ、キッチンをやたらとバタバタ駆け回るのが、
一応はと調理用の白衣を着つけ、
まとまりの悪い黒髪を、白いコック帽で出来るだけおおったルフィなら、

 「えっと、次に、
  ワインビネガーとケッパーを加えて煮込みます、か。
  なあおい、ケッパーって何だ?」

市販の料理本を大きく開いたのと向かい合い、
何とか牛の香草煮込みというページと格闘中なのが、
こちらはどういう意味があるやら、
ねじり鉢巻きに、腰回りへだけの長エプロン姿をした、緑頭の怪盗さんで。
依頼に関係があることならばと、下調べも結構手掛けるお陰様、
意外なことを知ってることの多い、
見かけによらない博学な面も持ち合わせる彼であったが。
あいにくと…お料理というジャンルは完全に領分外だったようで。
包丁さばきは ままマシな方だとして、
よく判らない専門用語へ、何だこりゃと精悍な目許をしかめた彼だったのへ、

 「さあ知らね。」

世界に名だたる名シェフの弟さんが、あっけらかんと応じて見せ、

 “馬鹿ヤロ、そこの棚にあんだろが〜〜〜。”

早く入れて馴染ませねぇと、
ビネガーの酸味が微妙に勝っての、
バランス的に立っちまうっていうに、おいこら…と。
すぐ目の前で初心者レベルの手際で右往左往してくださる
“にわかコック”たちのすっとんぱったんを前にして、
なのに手出しも口出しも禁止とされてるお兄様。

 「ダメよ、サンジくん。」

ゾロはともかく、ルフィはあなたのためにって頑張ってるんだからと、
今日何度目だろうかというお説教の決め台詞、
麗しのナミさんから聞かされちゃあ、
力なくも“はい…”と萎むしかない凄腕シェフさんだったりし。

 “まったくよぉ。
  何でこういう日にややこしい依頼を片付けやがんだ、
  あのクソまりも野郎はよっ!”


  ――そう、事の始まりは、いつもの如くに依頼が発端。


怪盗と言っても、
正確には“奪還”してほしいという切なる依頼で動く、
通称“大剣豪”のゾロが今回引き受けた代物は、
強引な借金の形代にと奪われてしまった倉庫の中身。
鄙びた場末の土地の契約を操作され、
そこに建てられていた倉庫の中身をこそほしかったらしい金満家に
まんまと横取りされた人たちからの依頼であり。
建物の契約は正当なものだったのに、
それもいつの間にか奪われていた登記書を掲げられては苦情も言えぬ。
特に珍しいものなんてないがらくたばかりの筈だが、
家族にとっては思い出の品々ばかり…という証言通り。
実際の話、これといって目玉な骨董品があった訳じゃあないのだが、
相手にはそこに収められてあった、
古めかしい生地や古書に用があったらしく。
近く大都市で開催予定と噂の、
古きよき時代のドレスだ絵画だ文書だを展示する博覧会への出品作に、
それらを素材に作った贋作を紛れ込ませ、
好事家に特別なものですよと売ってぼろ儲けを企んでいたらしいのだが…。

 『身銭を切って全部新品と交換してやったんだ、
  感謝してもらわねぇとな。』

本も絵画も、レトロなドレスや味のある生地も、
今は何にでも“復刻版”ってのが出回ってる時代だ。
全部をそういうのと入れ替えてやったその上で、
警察へも、故買屋組織の流通拠点らしいぞというタレコミを、
匿名で届けてやったため。
一斉捜査がなされての、
何だ由緒ありげなのは形だけ、
新品ばかりで骨董品や盗品はないぞというの、
世間的にも明らかにして差し上げたので。

 『自分たちの下心を黙ってた手前もあるし、
  あんな大それた仕立てを
  純朴が過ぎる農家のご一家が思いつくはずもないと来て、
  さては瞞かりやがったなと連中の矛先が向いたのが、
  金になりますとご注進した鑑定士だって。』

結構悪徳で知られてたおじさんだけれど、
今回ばかりは相手が悪いって、
どの馴染みも加勢や庇い立てへ手を貸さないもんだから。

 『この町を見限って、慌てて夜逃げしたって話だよ。』

こっちの面子が“あはは…”と笑った、
そういった事情はともかくとして。
問題の家財のほうは、
亡くなった祖母や父母という、
まだ忘れ難い家族の思い出の品々だけ取り返してくれたら、
後はどうでも処分していいとのお話だったので。
事情が判らない者にはごみ同然の古物を整理していたところ、

 『へえ、これってビンテージのワインじゃねぇか。』

それは本当に紛れ込んでただけな代物だったのだろう、
1本のワインが転げ出し。

 びんてーじ?

 美味いワインが出来た当たり年という意味だ。
 単なる年代や古さ以上に価値がつく数字だが、

 『ただなあ。』

弟さんへの説明をしていたシェフ殿が、微妙なお顔になったのは、

 『確かに、投機だ取引だって世界じゃあ
  この年代表記だけで価値が高くなる数字じゃああるが、』

単なる好事家が管理の方法も知らないまま持っていて、
中身の味はどんどん落ちての
その結果、
ワンコイン・ワイン以下って風味に成り下がってる場合も少なかない。
そんな代物を、背景に積み上がった歴史を感じるだけならともかく、
有り難がって美味い美味いと、通ぶって飲む奴の気が知れないとは、
卓越した舌や鼻を武器に頑張っているシェフならではのご意見であり。

 『じゃあこれも?』
 『さてな。』

家族の生まれた年だってくらいの理由で
たまたま取ってあったんだろう、たったの1本。
気が遠くなるほど古い代物じゃあないようだから、
ビンへの封入技術も昔よりはマシだろし。
そうであれば、
多少は無茶な保管をしていても
腐るほどひどい味にはなってないだろうが。

 保管にも信頼がおけるような流通をやって来たならともかく、
 そんな得体の知れないものを、高値を出して買う奴の気が知れねぇな。
 自分が飲むんじゃないと、誰ぞへ売るにしたってだ。
 知識はないが見栄ばっか張ってるような性分の悪い相手だったらば、
 中身を入れ替えやがったななんて、
 勝手ないちゃもんをつけられかねねぇしと。

そっちの畑の専門家であり、
しかも骨董的価値よりも中身に目の利くお人のご意見
……だったもんだから、

 『う……。』

言葉に詰まってしまったナミだったのは、

 『ありゃあ、理屈が判らないものへも金に糸目はつけねぇタイプの
  ただのバカ成金へ売り飛ばすつもりだったな。』
 『そういう奴ってのは
  騙されたとなると凄んげぇ怒って、
  ばぁーいによっては、殺し屋まで差し向けるっていうぜ?』

 今回の金持ちがそういうタイプだったもんなと、
 そりゃあ判りやすい言いようを、
 選りにもよってルフィにされてちゃあ世話はなく。

  そこで、
  持ち主がいないわ、
  売りに出すにも難ありみたいだわと
  価値が微妙になってしまったそのワインは、

 『おっし、それじゃあサンジの誕生日に開けてみようぜっ!』
 『はぁあ?』

そういやもうすぐだったんじゃないの、とは、
がっかりさせられた反動で、自棄になりかけだったナミの一言。
こんな美人が覚えててくれたことへの感動からか、
しっかり者なシェフが呆気に取られたその隙に、
あれよあれよとプランが固まり。
誕生日を祝ってもらう人が料理を担当してどうしますかとの、
しごく真っ当なナミからの提案の下、
キッチンが一応は望めるところで見物がてら、
どんな御馳走が出来上がるかというおまけつきの
楽しいお誕生日パーティーが計画されてしまったようで。

 “だ〜〜〜っ、そんな強火で炒めんな。
  火が通る前に焦げっちまうぞっ!”

  とか、

 “入れる順番が違うぞ、馬鹿野郎っ。
  それは本が古いんだ。
  今どき出回ってるその調味料は分子が小さいから、
  甘味だが後から入れてもいいんだってば。”

  とか。

祝ってもらうご当人、
美しいナミさんというお目付け役を前に、
スタイリッシュな風貌を保つのが精一杯の、
実は大変落ち着けない気分に翻弄されてるみたいですが、
(大笑)
それでもあのね、
小さな弟が、一生懸命ホットケーキを焼いてくれたり、
お世辞にも美味しいとは言えない卵焼きを
頑張って作ってくれたりしたことも覚えているものだから。
頭ごなしに叱りも出来ず、むしろ、

 “……おや、ドレッシングの調合なんていつ覚えやがったか。”

  とか、

 “あ〜あ〜、何であいつってば紐は何でも縦に結ぶかな。”

  とか。

ほのぼの出来る見ものも多少はあったようだったので、
これはこれで、立派なお祝いになったのかも知れずで。


  何はともあれ、

  
HAPPY BIRTHDAY! to SANJI!






   〜Fine〜  12.03.02.


  *時々うっかり忘れがちな、サンジさんのBDでしたね。
   今年は覚えてたよんvv
   とはいえ、こんな扱いでしたが。
(苦笑)
   ウチではなかなかに美味しいポジションの彼には、
   本当に何かとお世話にもなっておりまして。
   手のかかるゾロルへのご意見番、
   どうかこれからも頑張ってねvv
(こら)


ご感想はこちらへvv
めーるふぉーむvv

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